Inquiries of the Score
体操競技においては、しばしば選手側の問合せによって得点が修正されることがあります。どのようなルールになっているのか確認しておきたいと思います。
テレビなどメディアでは「抗議」と呼ばれることもありますが、ルール上は「問合せ(inquiry)」といいます。問合せのルールについては、FIGの競技規則(Technical Regulations)に記載されており、FIG公式サイトで公開されています。その内容は以下のとおりです[1]。
Dスコアについて、得点表示直後、あるいは遅くとも次の選手またはチームの得点表示前に限り、口頭での問合せが認められている。最終演技者あるいは最終ローテーションの問合せは得点表示後1分以内とする。当該審判員はその時刻を書きとめ、それをもって手続きが開始となる。
競技エリアに入ることを許されたコーチのみが問合せをする権利を有する。コーチには、競技中の選手の演技が観察できるよう、ポディウムに近い場所が割り当てられなくてはならない。所定の時間以降の問合せは受け付けられない。他の連盟の選手に対する問合せは許可されていない。Eスコアに関する問合せは許可されていない。
問合せはできるだけ早く、口頭での問合せから4分以内に書面で提出しなければならない。また、以下の支払いに同意することが必要とされる。4分以内に書面を提出しなかった場合、その手続きは終了となる。
・初回 300USドル ・2回目 500USドル ・3回目 1000USドル
問合せが正しいと証明された場合、FIGからの請求はない。そうでない場合は合計額を請求されFIG基金に入れられる。
すべての問合せは上級審判員によって審査され、(上告できない)最終決定は遅くとも以下のようになされる。
・予選、個人総合、団体決勝ではローテーションの終了までに
・種目別決勝では次の選手、あるいはグループの得点が表示される前までに
競技終了後、技術委員(あるいは技術委員から責務を任命された者)により、競技全体のビデオ分析が行われ、誤審が発覚した場合、当該審判員は相当した処罰を受ける。
[1] 問合せのルールは2013年までは採点規則(Code of Points)に記載されていました。上記の訳は当時の日本語版採点規則の記載を参考にしています。
というわけで、修正される可能性があるのはDスコアに限られます。そして、このルールによれば、問合せは本来より低いDスコアを提示された選手側が行うものであり、その結果、Dスコアは上方修正されるか、少なくとも当初のままという結果しかありえないように思えます。
しかし、先日のジャカルタ・アジア競技大会の団体決勝では、長谷川智将のあん馬の演技について日本が問合せをした結果、得点が下がるという事例があったようです。まずは演技を確認してみましょう。
1. | 横向き旋回 | Circle | A | II |
---|---|---|---|---|
2. | 横向き旋回1回ひねり | Flair 1/1 Spindle | D | II |
3. | 逆交差倒立 | Back Scissor to Hdst | D | I |
4. | ブスナリ | Busnari | F | II |
5. | 1回の旋回で正面横移動 | Front Hop Travel 3/3 | C | III |
6. | 開脚マジャール | Flair Magyar | E | III |
開脚シバド〈落下〉 | Flair Sivado | |||
7. | 馬端中向き旋回 | Front Loop | A | II |
8. | ウ・グォニアン | Russian Travel 3/3 720 | E | III |
9. | ロス | Russian Travel 3/3 360 | D | III |
10. | DSA倒立3/3移動下り | DSA to Hdst Travel 3/3 | D | IV |
D:5.7
E:6.800
Score:12.500
この演技に対し、当初表示されたDスコアは5.8でした。おそらく最初のシュピンデル技をアイヒホルン(E)と間違えたのではないかと思われます。長谷川のこの実施は最初の1/2シュピンデルで移動をしていますが、次の1/2シュピンデルで元の場所に戻れていないので、アイヒホルンとは認められず、D難度の判定となります。長谷川もそれを承知して、本来構成であればもう1つシュピンデルを入れるところですが、繰り返しの扱いになってしまうため技を抜いています。

演技後、Dスコア5.8が表示されている。
この得点に日本が問合せをします。不可解なのは実施した技の難度は全て取れている(それどころか高く出ている)と思われるのに問合せをしたことです。落下した開脚シバド(E)は馬端で正面支持までいっておらず、技が完了していないことは明らかです。採点規則には「いかなる移動技も落下した場合は、部分的な難度は与えない」と明記されており、B難度の後ろ移動(1/2)を取ることもできません。

日本が問合せをしている("Enquiry Submitted"と表示されている)。
結果的にDスコアは正しい5.7に修正されました。審判が表示後に間違いに気づき得点が修正されることはよくあることなので、必ずしも日本が余計な問合せをしたがために得点が下がったというわけではないと思いますが、かなり珍しい出来事であったと言えるでしょう。
この記事へのコメント
あき
講義(問合せ)と言えば、内村選手の鞍馬ですね覚えているのは。
採点競技ですので、誤審はしかたがないのですが、AI使っても同じ様な気もします。
Ka.Ki.
AIはちゃんと正確に実施された技であれば何の問題もないと思いますが、姿勢や角度が曖昧な実施や、成功か失敗か微妙な実施のときにどのような判定をして、それが競技にどのような影響を与えるかが気になるところです。