Winkler and Pogorelov on HB
鉄棒の手放し技、ヴィンクラーとポゴレロフは、懸垂後ろ振りから離手し、前方伸身宙返りをしてバーを掴む伸身イエーガー(バラバノフ)に1回ひねりを加えた技です。難度表では同一枠の技であり、逆手などから実施するのがヴィンクラー、大逆手から実施するのがポゴレロフであるとされていますが、ネット上ではその違いが分からないという意見を目にすることもしばしばです。
採点規則ではどうなっているのか、経緯を含めて確認しておきましょう。
実は、2006年版採点規則まではヴィンクラーとポゴレロフは別枠の技として明確に区別されていました。右のポゴレロフには"From el-grip,"(大逆手から)と表記されているのが分かると思います。難度はいずれもE難度でした。

2009年版採点規則で両技は同一枠にまとめられます。課題表記に"also from el-grip"(大逆手からも)が加わっていますが、この時点ですでに何がヴィンクラーで何がポゴレロフかは不明確な記載になってしまっています。

2013年版採点規則での記載は基本的に変わっていませんが、2009年版で"(Winkler)(Pogorelov)"であった表記が"(Winkler - Pogorelov)"に変わっています。これは"(Munoz - Pozzo)"のように一つの技に連名で名前が付いているときに用いられる表記です。ヴィンクラーとポゴレロフの区別がさらに曖昧になっていることがうかがえます。

2017年のルール改訂でヴィンクラーとポゴレロフはF難度に格上げになりました。2017年版採点規則の記載は2013年版と同じですが、元々ポゴレロフを表していたシンボルマークがしれっと削除されています。

日本語版採点規則の表記も確認しておきます。こちらは両技が同一枠になった後も2013年版までは
・前方伸身宙返り1回ひねり懸垂(ウィンクラー)
・大逆手後ろ振り、前方伸身宙返り1回ひねり懸垂(ポゴレロフ)
と並列した表記がされ、区別が付けられていました。
しかし2017年版では
・前方伸身宙返り1回ひねり懸垂(ウィンクラー/ポゴレロフ)
となっており、両技の区別が曖昧になるばかりか、FIG版にある"also from el-grip"(大逆手からも)すら無視される表記になってしまっています。なお、日本語版採点規則は「ウィンクラー」と表記していますが、当ブログでは「ヴィンクラー」の表記を採用しています。
というわけで、ヴィンクラーとポゴレロフは元々は別の技でしたが、現在その区別はかなり曖昧になっているのが実情であるように思われます。採点規則に「大逆手から実施された手放し技(中略)は、通常の握りから実施された場合と同価値である」という規定があることも一因かもしれません。
ルール改訂に伴い、難度表の技が統合されたり分割されたりするのはよくあることです。発表者の名前が付いた技が時代とともにオリジナルの実施と異なる扱いになっていくことも珍しいことではありません。しかし、このヴィンクラーとポゴレロフに関しては、根拠も明確であるため、当ブログではできる限り区別して表記していきたいと考えています。
その上で、ヴィンクラーとポゴレロフを区別する一助となるよう、いくつか動画を紹介していきたいと思います。まずは大逆手からのポゴレロフを見ていきましょう。通常、ポゴレロフを実施するには、何らかの技を経て大逆手になり、その技から直接連続することになります。
エンドー1回ひねり大逆手~ポゴレロフ Endo 1/1 to El + Pogolerov
ジョシュア・ディクソン(アメリカ)の実施。日本では長谷川智将が得意にしています。
リバルコ~ポゴレロフ Rybalko + Pogolerov
鄒凱(中国)の実施。2016年まではバー上の技との組合せにも加点があったため、エンドー1回ひねり大逆手やリバルコからポゴレロフへの連続はしばしば見られました。
アドラー~ポゴレロフ Jam + Pogolerov
白井健三や谷川翔が実施しているアドラーからのポゴレロフ。アドラーは前方車輪から逆手背面車輪になる技であり、そこから肩転位すると大逆手になるため、実施しているのはポゴレロフということになります。
アドラー~大逆手車輪~ポゴレロフ Jam + Giant El + Pogolerov
本家本元、アレクサンドル・ポゴレロフ(旧ソビエト連邦)の実施。アドラーから大逆手車輪を回してのポゴレロフとなっています。
手放し技に限らず鉄棒の技は大逆手になったり、大逆手から入ったりする方が難しいような気がしますが、今日見られるのはヴィンクラーではなくポゴレロフがほとんどのように思えます。かつての組合せ加点の影響もあるでしょうが、アドラーからのポゴレロフは当時も加点が付く組合せではありませんでした。
ヴィンクラー Winkler
そんなわけでヴィンクラーの動画はあまり多くないのですが、クリストフ・シェーラー(スイス)の実施を紹介しておきます。シートリバルコの後の車輪から実施していますが、大逆手振り上がりの直後に持ち換えて逆手になっているため、ヴィンクラーということになります。
この記事へのコメント
昔、体操少年
モンキーカットから逆手背面懸垂になり、片手軸の1回ひねりで片逆手になっていますが、これは逆手背面車輪での肩の半転移技術が開発される前に、次の技へ移る前のつなぎとしてよく使われていました。車輪の終わりにスピードを落として振動を小さくして1回ひねるわけです。
また、もう1つの方法が、やはり真下にゆるく落として逆手の背面け上がりの後に半ひねりをして正面支持になってから棒下振り出し…。40歳を超えてからローマオリンピックの代表となった竹本正男さんなどはこのこなしをなさっていました。
ヴィンクラー、ポゴレロフ、どちらもすごいですね。
前方宙返りの練習時、高さを求めてあふりが遅くなり、バーに寄ることがしばしば…。先輩からは「そのまま掴んじゃえば…」と言われたことが…。のちにイェガーを見たとき、「掴めるんだ!」って驚きましたっけ…。
名無し
以前ポゴレロフを実施していた方に話を聞いたことがあり、その人はヴィンクラーはできないとのことでした。大逆手からの方がひねりが掛けやすいんだそうです。
見た目には大逆手から実施する手放し技の方が難しそうですが、人によってはそうでないのかもしれませんね。
taskbar
ななし
今こんな事になってるんですね。全く知りませんでした。
改訂で決まった事とは言えやはりモヤッとしますね。
逆手車輪と大逆手車輪は全く別のワザですし区別して欲しいですね。
上のお三方のコメントも面白かったです。
こういう話大好きですw
こっこ
皆さんのコメントから考えてみたのですが、
大逆手握りはいわば逆手から360°ひねって持っているわけですから、腕のひねりに体を合わせる方向にひねりやすいということでしょうか。
身近に経験者がいるとそういった話が聞けていいですね。
Ka.Ki.
今でも海外ではアドラーのことをTakemotoの略でTakなどと呼んでいますね。
前方宙返りの練習とは、前方宙返り下りのことですかね。イエーガーが出る前の話でしょうか。すごいですね。
Ka.Ki.
わざわざアドラーからやる以上は理由があると思っていましたが、やはり大逆手からの方がひねりがかけやすいという事情があるのですね。貴重なお話ありがとうございます。
Ka.Ki.
片手ギンガーという感覚、興味深いですね。テレビで白井選手のポゴレロフについて特集していたときも離す手がポイントだとされていた気がします。貴重なお話ありがとうございます。
weisen
最近はひねりの無いただの伸身イエーガーも大逆手から実施することがほとんどなので、
大逆手からの実施が多いのはひねりやすさだけが理由ではないと思っています。
イエーガーなんてやったことないので完全に想像ですが、
逆手からだとバーを引っ張りがちになりそうな気がします。
大逆手だとそもそも腕を曲げようがないので安定させやすいのではないかな…と。
Ka.Ki.
腕のひねりを元に戻すといった感じなんでしょうかね。競技関係者の方の貴重なお話を聞けてありがたいと思います。
Ka.Ki.
バラバノフは、2016年までは組合せ加点を狙うため大逆手からの実施がしばしば見られましたが、2017年以降はめっきり見られなくなったので何とも言えないところです。
大逆手は腕を曲げようがないというのは興味深いですね。
昔、体操少年
>前方宙返りの練習とは、前方宙返り下り…
そうです。’64東京オリンピックでの早田卓次さんのつり輪を見て、「オレもこれやりたい」って始めたものですから、高校時代は各種目で「部分的」に早田さんを入れてました。ですから、鉄棒の下りは「前方屈伸宙返りひねり」。
’68メキシコオリンピックの最終予選、最後の鉄棒の最後にこれでバーに足が当たって落下し、早田さんは結局補欠に…。
翌年の春、我が母校の新体育館の完成時に、何たる僥倖か、早田さんが模範演技にお出で下さいました。母校の恩師たちは「体操部を作ったお前を呼ばなきゃ意味がない」と声をかけてくれ、お手伝いに出かけました。その折に、この技を「ちょっとやってごらん」ということで緊張しながらやりますと、「いいよ。けどグレッチェ(大開脚飛越し下り)をやるようになると、あふりのタイミングが狂うから気をつけて…。あのときがそうだった」と…。
そのとき、練習用の上着のウィンドヤッケにサインを戴き、それはまだタンスの引き出しの隅っこに…。
もう、ほぼ半世紀前の話です。
太一
当然のように大逆手からの実施の方が難しいと考えていました。
逆に逆手からの方が難しいのではと考え始めたのは、大逆手からの実施が増えていると感じ始めたつい最近の5年ほど前からです。
実際に行った選手の話しでは、やはりそうなんですね。
昔、体操少年さん、
はじめまして。
私は笠松茂さんに憧れて競技をしていた世代ですが、いろいろと私どもの知らない逸話を紹介いただきありがとうございます。
早田先生のメキシコ五輪補欠代表は、そういった失敗(あふりのタイミングの話)が背景にあったんですね。
また、興味深い体操の歴史をおしえてくださるとうれしく思います。