コバチが2回宙返りではなくなったわけ

Designation of Kovacs on HB


2017年版採点規則においてコバチの日本語表記が「バーを越えながら後方かかえ込み宙返り懸垂」に変わっていることに気づかれた方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。2013年版までの表記は「バーを越えながら後方かかえ込み2回宙返り懸垂」でした。なぜコバチは2回宙返りではなくなってしまったのでしょうか。

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英語表記も合わせて確認しておきます。コバチの表記は以下のとおりで、日本語表記が2回宙返りから(1回)宙返りに変わりました。英語表記は2回宙返りを意味するDouble saltoのままで変わっていません。

・2013年版採点規則
バーを越えながら後方かかえ込み2回宙返り懸垂
Double salto bwd. t. over the bar

・2017年版採点規則
バーを越えながら後方かかえ込み宙返り懸垂
Double salto bwd. t. over the bar

対称的な構造を持つゲイロードもついでに確認しておきましょう。ゲイロードの日本語表記も2回宙返りから(1回)宙返りに変わっています。そして英語表記ですが、実は以前からただのSalto、すなわち(1回)宙返りでした。

・2013年版採点規則
バーを越えながら前方かかえ込み(開脚)2回宙返り懸垂
Salto fwd. tuck or strad. over the bar, also from el-grip

・2017年版採点規則
バーを越えながら前方かかえ込み(開脚)宙返り懸垂
Salto fwd. tuck or strad. over the bar, also from el-grip

つまり、コバチやゲイロードのようなバーを越えながら宙返りをする手放し技の日本語表記が、2017年版採点規則から(1回)宙返りに変更されているということになります。一方、英語表記は特に変更はされていませんが、宙返り回数の表記については揺れがあり、このような技の理解や表記の方法が簡単ではないことが分かるかと思います。


なぜ日本語表記は(1回)宙返りになってしまったのでしょうか。実はわが国ではすでに1995年に、コバチを2回宙返りと表記することの問題点を指摘した論文が発表されています。

この論文では「宙返りの回数は、1回を基準にして判断がなされるもの」であり、コバチを2回宙返りとした場合、バーを越えながら1回宙返りをする技が採点規則にないのは「不可解」であると述べられています。

そして、コバチの「離手から頭部が起きあがるまでの1/2回転」は「バーの後ろ側へとび出すという運動が、次に続く空中での1回転のために変形され、宙返りに類似した経過を示すようになったもの」であり、「この1/2回転は宙返りではなく」、コバチは「1回宙返りと捉えられる」としています。

また、コバチは「懸垂前振りからバーの後ろにとび出す運動と後方宙返りの複合的運動であり、構造的には後方宙返り技群より複雑である」として、後方2回宙返り下りのような「バーの前側で行われる宙返り」とは「概念上明確に区別」することが技の技術解明や安全なトレーニングのために必要であると述べています。

その上で、「鉄棒における懸垂振動からバーを越えてその前後へとび出す回転未満の運動」を表す基本語を「とび出し」とし、コバチの表記として「懸垂前振り後ろとび出し後方宙返り懸垂」を提案しているのです。


しかし、このような考え方に基づき2017年版採点規則におけるコバチの日本語表記が変更されたのかというと、実はそうとも言えないのです。この論文ではコバチと類似する運動形態を持つ、かつてストロウマンと呼ばれたバーを越えながら後方宙返りをして着地する終末技についても考察しており、同様に1回宙返りであると論じています。

ですが、2017年版採点規則においてこれらの終末技は従来どおり「バーを越えながら、後方かかえ込み(屈身)2回宙返り下り」などと表記されており、この論文の考え方だけでは説明がつかない状況になっているのです。

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ここからは個人的な意見ですが、コバチもゲイロードも、そしてかつてのストロウマンも2回宙返りであると考えた方が理解がしやすいと思っています。バーを越えながらの1回宙返りは後方とび車輪のような形態に収斂されているのではないかというのが個人的な考えです。

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また、日本語表記だけをただ変えることについても疑問を感じます。技術解明やトレーニングの観点からも、国内と世界との間で技の理解や表記に乖離が生じるのは本質的に好ましいことではなく、もし1回宙返りと考えるにしても、やはり国際的な共通認識のもとで進められることが必要ではないかと思うのです。

宙返り回数の表記については平行棒でも以前からかなりの混乱が見受けられます。体操競技とその技術の健全な発展のため、より正確かつ合理的で簡潔な表記に向けての研究が進むことを期待してやみません。

この記事へのコメント

  • こっこ

    この論文の考え方は面白いですね、自分はコバチは1回宙返りでいいと思います。実施する側としてイメージすると飛び出してから1回宙って気がしますし。もちろん国内外で差が生まれるのは良くないとは思いますが。

    同じ話なのかは微妙ですが、跳馬のツカハラとびも表記は「側転とび1/4ひねり後方宙返り」とありますが見た目は2回宙返りをしているように見えますよね。
    2017年08月04日 15:03
  • Ka.Ki.

    実施する側の感覚は私には分かりませんが、やはりコバチと後方2回宙返り下りのような下り技では宙返りに関する感覚が明確に違うものなのでしょうか。

    ツカハラに限らず跳馬は手で突き放すため皆そうなりますね。ローチェも通称は「3回宙」ですし。しかし、やはり手を突く以上、宙返りの回数には入らず、転回ということになるのでしょう。
    2017年08月04日 21:35
  • weisen

    私はKa.Ki.さんの意見に賛成です。
    コバチが2回宙返りでは無いとすると、じゃあ平行棒のモリスエや吊り輪の宙返り下りはどうなんだという話になってくると思いますし。
    平行棒での棒上2回宙返りはモリスエ、1回宙返りは棒上宙返り倒立となっているわけですから、
    鉄棒でバーを越えながらの2回宙返りはコバチ、1回宙返りは後方とび車輪と考えるのが自然だと思います。
    2017年08月06日 23:50
  • Ka.Ki.

    この論文でも下り技は2回宙返りとしていて、コバチやストロウマンのようなバーを越えるものを1回としているんですよね。2017年版採点規則はストロウマン系はそのまま2回宙返りなので、どのような考え方なのか正直分からないところがあります。
    2017年08月08日 20:14